
私たちにとって、とても身近な果物「バナナ」。
スーパーへ行けば一年中並んでいて、比較的手頃な価格で買うことができます。
朝食に食べたり、子どものおやつにしたり、スムージーに入れたり。
あまりにも当たり前に売られているので、
「バナナが手に入りにくくなる」
なんて、なかなか想像できませんよね。
ところが今、世界のバナナ産業ではかなり深刻な問題が進行しています。
原因のひとつが、土の中に潜む病原菌によって引き起こされる「パナマ病(バナナのフザリウム萎凋病)」です。
しかも今回の問題は、単なる農作物の病気だけではありません。
世界の輸出用バナナが特定の品種へ大きく依存してきたことも、危機を大きくしています。
世界のバナナに、いったい何が起きているのでしょうか。
世界で食べられているバナナは実は同じ品種ばかり?
スーパーに並んでいるバナナを見ると、
大きなもの。
小さなもの。
甘みの強いもの。
少し高級なもの。
いろいろな種類があるように見えます。
世界には1000を超えるバナナの品種が存在するとされています。
ところが、国際的に大量流通しているバナナを見ると、状況は大きく違います。
現在の世界市場では、「キャベンディッシュ」と呼ばれる系統が圧倒的な存在感を持っています。
世界のバナナ生産全体でも非常に大きな割合を占め、輸出市場ではさらに依存度が高くなっています。
つまり、私たちが普段スーパーで目にするバナナは、見た目以上に似た遺伝的背景を持つものが多いのです。
これが、今回の問題を理解する重要なポイントです。
バナナを襲う「パナマ病」とは?
現在、世界のバナナ生産者が警戒しているのが、パナマ病の原因となるフザリウムという仲間の病原菌です。
なかでも問題になっているのが、
「TR4(Tropical Race 4)」
と呼ばれるタイプです。
TR4は土壌からバナナの根へ侵入します。
そして植物の内部へ広がり、水や栄養を運ぶ仕組みにダメージを与えます。
感染が進むと葉が黄色くなり、しおれ、最終的には株が枯れてしまいます。
厄介なのは「土の中」に残ること
普通の植物病なら、
「農薬を使えばいいのでは?」
と思うかもしれません。
ところがTR4は、それほど簡単な相手ではありません。
非常に厄介なのが、土壌中で長期間生き残る能力を持っていることです。
一度農園へ入り込むと、その土地から完全に取り除くことが非常に難しくなります。
そのため、
「病気になったバナナを抜けば終わり」
とはいきません。
土そのものが長期間にわたって感染源になってしまう可能性があるからです。
靴や農機具などに付着した土、水などを通じて別の場所へ運ばれる可能性もあり、感染地域から病原菌を持ち出さないための厳しい管理が重要になります。
実はバナナ産業は過去にも同じような危機を経験している
驚くことに、バナナ産業が病気によって危機に直面するのは今回が初めてではありません。
20世紀前半、輸出用バナナの主役は現在とは別の品種でした。
当時広く栽培されていたバナナは、甘みや香りが強いことで知られていました。
ところが、その品種に感染するパナマ病が広がり、大規模生産が難しくなってしまいます。
そこでバナナ産業が目をつけたのが、当時の病原菌に強かったキャベンディッシュ系統でした。
「このバナナなら病気に耐えられる」
ということで、世界の輸出用バナナは次第にキャベンディッシュへ切り替わっていきます。
こうして危機を乗り越えた……はずでした。
今度はキャベンディッシュが狙われた
ところが、そのキャベンディッシュにも感染できる新たなタイプが広がり始めます。
それが現在問題になっているTR4です。
つまり、少し単純化すると、
昔の主力バナナ
↓
病気が大流行
↓
病気に強いキャベンディッシュへ変更
↓
世界中でキャベンディッシュを大量栽培
↓
そのキャベンディッシュにも感染するTR4が登場
という流れです。
まるで、バナナ産業と病原菌の「いたちごっこ」のようです。
最大の弱点は「みんな似ている」こと
ここで大きな問題になるのが、バナナの増やし方です。
私たちが食べている一般的なバナナには、果物らしい大きな種がほとんどありません。
商業栽培では種から育てるのではなく、株を増やす方法などによって、親と非常によく似た遺伝情報を持つバナナを増やしていきます。
品質を揃えるには、とても便利な方法です。
味が安定する。
大きさを揃えやすい。
収穫時期も管理しやすい。
輸送や販売もしやすい。
大量生産には大きなメリットがあります。
ところが、病気という視点では弱点にもなります。
1本に効く病気が、みんなに効いてしまう
例えば、100本のバナナがすべて少しずつ違う遺伝的特徴を持っていたとします。
ある病原菌がやってきても、
Aのバナナには弱い。
Bには強い。
Cにはほとんど感染しない。
という違いが生まれる可能性があります。
ところが、似た遺伝的特徴を持つバナナばかりだったらどうでしょう。
1本に感染できる病原菌が、
2本目にも感染。
3本目にも感染。
その隣にも感染……。
という状況が起こりやすくなります。
つまり、「同じものを大量に作る」という効率のよさが、病気に対する弱点にもなってしまうのです。
バナナだけの問題ではない「単一栽培」のリスク
これはバナナだけの問題ではありません。
農業では、同じ品種を広い面積で大量に育てる「モノカルチャー(単一栽培)」が行われることがあります。
品質を揃え、大量生産するには効率的です。
一方で、その品種が特定の病害虫に弱かった場合、被害が一気に広がるリスクがあります。
今回のバナナ危機は、
「農作物の多様性はなぜ大切なのか」
を考える象徴的な出来事でもあります。
ではバナナは本当にスーパーから消えてしまうの?
ここは少し冷静に考える必要があります。
「バナナが絶滅する」
という話ではありません。
世界には非常に多くのバナナ品種があります。
TR4への対策も世界各地で進められています。
現在の危機は、私たちが食べている輸出用バナナを、これまでと同じ方法・同じ品種へ大きく依存したまま安定供給できるのかという問題です。
感染地域が拡大し、生産コストが上昇すれば、将来的には供給量や価格にも影響する可能性があります。
「いつでも安く買える果物」という現在の常識が、ずっと続くとは限らないのです。
科学者たちの「バナナ救出作戦」が始まっている
もちろん、人類もただ見ているわけではありません。
現在、世界各地でさまざまな研究が進められています。
興味深いのは、
「これさえあれば解決」という一つの方法ではなく、複数の方向からバナナを守ろうとしていることです。
方法① 病気に強いバナナを作る
ひとつの方法が、TR4に強いバナナを開発することです。
近縁のバナナなどが持っている耐病性を研究し、その仕組みを現在のバナナへ生かそうという取り組みがあります。
従来の品種改良だけでなく、遺伝子組み換えや遺伝子編集といったバイオテクノロジーも研究されています。
実際、TR4への耐性を持つよう開発されたキャベンディッシュ系統のバナナについて、商業栽培を認める規制上の承認に至った例も出ています。
つまり、
「病気に負けにくい次世代バナナ」
は、すでに研究室だけの話ではなくなりつつあります。
方法② 病原菌の働きを止める
もうひとつの方向が、バナナではなく病原菌側を狙う方法です。
その候補として研究されているのが「RNA干渉(RNAi)」と呼ばれる仕組み。
簡単にいえば、病原菌が生きたり感染したりするために重要な遺伝子の働きを抑えようという考え方です。
病原菌そのものを土壌から完全に消すのが難しいのであれば、
「病原菌の攻撃力を弱める」
という発想です。
まだ研究・開発段階のものも多いですが、バナナを守る新しい方法として期待されています。
方法③ 「キャベンディッシュだけ」から卒業する
そして、おそらく長期的に重要なのが品種の多様化です。
世界には1000を超えるバナナ品種が存在します。
甘いもの。
酸味のあるもの。
小さいもの。
赤っぽいもの。
加熱して食べるもの。
私たちが普段スーパーで見るバナナは、バナナという巨大な世界のほんの一部にすぎません。
これからは病気に強いさまざまな品種を商業栽培に取り入れ、
「世界中でほぼ同じバナナを作る」
という状態から少しずつ変えていくことも重要になりそうです。
未来のスーパーにはいろいろなバナナが並ぶ?
もし品種多様化が進めば、今回の危機は意外な変化を生むかもしれません。
将来のスーパーでは、
「今日はこのバナナにしよう」
「こっちは甘みが強い」
「これは少し酸味がある」
「この小さいバナナがおいしい」
と、リンゴのように品種を選んで買う時代が来る可能性もあります。
現在の危機をきっかけに、むしろ私たちがバナナ本来の多様性を知ることになるかもしれないのです。
バナナ危機は世界の食料問題でもある
バナナは、日本では「手軽な果物」というイメージが強いでしょう。
しかし世界を見ると、意味はもっと大きくなります。
地域によっては重要な主食であり、農家にとって重要な収入源でもあります。
国際機関によると、バナナは世界で最も広く取引される果物のひとつであり、4億人以上が食料安全保障の面でバナナに依存しているとされています。
そのためTR4の拡大は、
「スーパーのバナナが値上がりするかもしれない」
というだけの問題ではありません。
生産者の生活。
地域経済。
雇用。
輸出。
そして食料安全保障。
さまざまな問題につながっています。
バナナを救うのは「一つのすごい技術」ではないかもしれない
バナナ産業が今回の危機を乗り越えるためには、おそらく一つの方法だけでは足りません。
病原菌を農園へ入れない。
感染した地域から広げない。
TR4に強いバナナを開発する。
病原菌の弱点を探す。
遺伝子技術を活用する。
そして、栽培するバナナの種類を増やす。
こうした方法を組み合わせることが重要になりそうです。
まとめ|いつものバナナの裏側で大きな戦いが始まっている
スーパーに並ぶ黄色いバナナ。
あまりにも身近なので、「なくなるかもしれない」と考えることはほとんどありません。
しかし、その裏側では現在、
バナナ vs. 病原菌
ともいえる世界規模の戦いが続いています。
そして今回の問題が教えてくれるのは、単なる植物病の恐ろしさだけではありません。
「便利だからと一つの品種に頼りすぎることにはリスクがある」
ということです。
かつて主力だったバナナが病気で大打撃を受け、キャベンディッシュへ交代しました。
そして今、そのキャベンディッシュも新しい病原菌に脅かされています。
歴史が繰り返されるのか。
それとも遺伝子技術やRNA研究、品種多様化によって新しいバナナ産業へ変わっていくのか。
もしかすると10年、20年後、私たちがスーパーで買っているバナナは、今とは少し違う姿や味になっているかもしれません。
次にスーパーで何気なくバナナを手に取ったとき、
「世界では、この一本を守るために大変な研究が続いているんだな」
と思い出してみると、いつものバナナが少し違って見えてくるのではないでしょうか。